「連続ツイート」をお届けします。文章は、その場で組み立てながら即興的に書いています! 本日は、昨日のニコ生の放送中に、「ああ、そうだった」と思いだしたことについて!
posted at 08:49:46
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こけ(1)最初はMS-DOSのラインコマンドだった。How many files? から始まって。それが、最初にマックを見たときに、衝撃が走った。今までのコンピュータは、何だったんだろう? 以来、ずっと一つのことが気になっている。「計算とは何か」ということ。
posted at 08:50:52
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こけ(2)チューリング・マシンのモデルができて、フォン・ノイマンが原型を作って、コンピュータがスタートする。それは、アルゴリズムのこと。しかし、現実はアルゴリズムとイコールではない。この簡単な真実が、案外、世間では理解されない。だから、マックは少数派に留まった。
posted at 08:51:54
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こけ(3)GUIだって、ラインコマンドだって、やれることは同じでしょ。後者の方が、何をやっているか見えていいでしょ。コンピュータ・オタクたちはよく言っていた。確かに、マッピングはできる。しかし、計算的には等価ではない。なぜなら、それは、時空の中で展開されるものだから。
posted at 08:53:13
posted at 08:53:13
こけ(4)「計算」という概念が、狭すぎるのである。コンピュータという存在が、どのように私たちの脳の感覚、認知の回路に働きかけるか。感覚と運動の連関を通して、さまざまなクオリア、情動を引き起こすか。それは、「気のせい」や「趣味」のことなんかじゃなくって、「計算」なんだってば!
posted at 08:55:30
posted at 08:55:30
こけ(5)マック・ユーザーを、「こけ」にするコンピュータ・オタクたちがずっといた。いいよ、Linux使っても何やってても。でも、そういうチューリング・マシンの枠内で理解できる「計算」と、異なる「計算」が、この世界にはあるんだって。なんでそのことが理解できないかな!
posted at 08:56:48
posted at 08:56:48
こけ(6)iPadが出てとき、まるで遊んでいるように情報を扱えるようになった。3歳の子どもでも遊べる。キーボードからラインコマンドを打つコンピュータと、それは、アルゴリズムでは等価かもしれない。しかし、「経験の質」という「計算」においては、全く違うんだ!
posted at 08:58:14
posted at 08:58:14
こけ(7)OSで、アイコンをどのように配置するか。ハードウェアの曲線や、手触り、立ち上がりの時の音楽。ジョブズがやってきたことは、「趣味」の問題じゃなくて、人間の感性における、ハードコアな「計算」なんだ。それを、「マック信者」だとか言って、「こけ」にしてきたんだよね。
posted at 08:59:31
posted at 08:59:31
こけ(8)Googleは、ユーザーが要求した情報以外には提示しない、という哲学で一つの「経験」を提供した。一方、世間には、要求もしないのに余計なことをするソフトがあふれている。それは、「経験」という「計算」の領域において、やってはいけないことなんだよ!
posted at 09:00:58
posted at 09:00:58
こけ(9)結局、ジョブズは、単なるアルゴリズムの箱という意味合いを超えた「計算」の領域を、コンピュータにずっと見て来た人だった。趣味や感性の問題じゃないんだ。そこには、緻密な計算のロジックがあるんだ。そのことを感じた人がアップルを支持した。ジョブズは、計算の未来だった。
posted at 09:02:32
posted at 09:02:32
以上、「コンピュータ・オタクたちよ、経験も計算の一部分なんだよ」、もしくは「マック信者たちは、ずっと<こけ>にされてきた」ことについての連続ツイートでした。
posted at 09:03:33
posted at 09:03:33
1 件のコメント:
シンタックスベースの計算は、自分で計算をするということなので、計算は計算だと思いますが、クリックしたり、ドロップしたりの計算は、コンピュータがそれらのことをしているわけで、人間が計算しているわけではない。だから、その部分は計算じゃないとみなしていたのではないですか。でも、茂木さんがいうと、えらく高尚に聞こえるので、得ですね。
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